研究内容

研究内容(これまでの主な仕事)

 私たちは、モデル動物の遺伝学的解析や、病態に関わる組織に発現する遺伝子の機能解析を通して、糖尿病・肥満症などの成因・発症機構や病態生理を分子レベルで解明することを目指しています。今後も、自身で見出した分子の機能や新規現象を、分子生物学、生化学、形態学、遺伝学、発生工学などの手法を駆使して、分子・細胞レベル、個体レベル両面で解析し、そのフィードバックから、生物学、医学に意義ある知見を見出し、ヒト疾患の成因・病態生理の解明に貢献したいと考えています。

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1)Granuphilinの発見と分泌顆粒細胞膜ドッキングの意義

 糖尿病は、膵β細胞から分泌されるインスリンの絶対的または相対的不足から引き起こされます。インスリンを産生する膵β細胞は、膵全体の1-2%を占めるにすぎない膵島に散在し、多量に採取して生化学的に解析することが困難です。そこで私たちは、比較的分化度が保たれているトランスジェニックマウス由来の膵β、α細胞株を入手し、分子生物学の手法を用いて両細胞株における遺伝子発現を比較しました。発生学的に近縁ですが、グルコースに対して正反対のホルモン分泌反応性を示す膵α細胞を対照とすれば、膵β細胞の特異的機能に関わる分子を効率的に濃縮できるかもしれない、と考えたわけです。その結果、膵β細胞に特異的に高発現している遺伝子を収集し、特に他の主要臓器にほとんど発現していない未知遺伝子に注目しました。そのうちの1つがコードする分子は、インスリン顆粒膜に局在することがわかり、グラニュフィリン(granuphilin)と命名しました(J. Biol. Chem. 1999)。

 その後の解析により、granuphilinは、顆粒膜上の低分子量GTPase Rab27a、および細胞膜上の膜融合に関わるSNARE蛋白質syntaxinと結合して、インスリン顆粒を細胞膜近傍に集積させることを見出しました(Mol. Cell. Biol. 2002a; Mol. Cell. Biol. 2002b; J. Biol. Chem. 2004; J. Biol. Chem. 2011)。さらにgranuphilinノックアウトマウスを作製し、その膵β細胞で細胞膜に接着したインスリン顆粒が消失していることを電子顕微鏡観察で証明しました。この知見は、これまで形態学的にしか定義されていなかった、分泌小胞の細胞膜ドッキングに関する分子基盤を明らかにしたものです(J. Cell Biol. 2005; 図1)。

図1 インスリン顆粒の細胞膜ドッキングに関するモデル


一般に調節性分泌経路における分泌小胞は、ドッキング、プライミングなどの連続的な前過程を経てはじめて膜融合が起きると考えられてきました(linear sequential model; 図2)。したがってあらかじめ細胞膜に接着している小胞が刺激後早期かつ選択的に開口放出される(readily releasable)と考えられています。驚くべきことにgranuphilin欠損細胞では、ドッキング顆粒が欠如しているにもかかわらず、インスリン分泌量は減少せず、むしろ増大していました。このことから私たちは、分泌小胞の定常的な細胞膜ドッキングは、次の膜融合に必須またはこれを促進する過程ではなく、細胞膜に近接した小胞が構成的に開口放出することを防ぐ一時的抑制過程であるという、新たな説を提示しました(Diabetes Obes. Metab. 2007)。その機序として、granuphilinが、膜融合を起こすことができない閉鎖型の構造をとるsyntaxinと特異的に結合し、これを安定化するためであると提唱しています(図1)。

図2 調節性分泌機構における逐次連続モデルと並行モデル


Sequential (linear) model(逐次連続モデル)
分泌小胞の細胞膜への静的ドッキングは、膜融合を可能にする(ライミング)のに必要な最初のステップである。
静的ドッキングした分泌小胞の一部(プライミングされたもの)が、刺激後早期に分泌される。

Parallel model(並行モデル)
分泌小胞の細胞膜への静的ドッキングは、 膜融合に必要な過程ではなく、むしろ細胞膜近傍の分泌小胞が刺激がない状態で自発的に融合しないようにする、一時的膜融合抑制過程である。
あらかじめ細胞膜にドッキングしていない分泌小胞の一部は、静的ドッキング過程を経ずに膜融合できる。
すべての分泌小胞が、同一の過程を経て膜融合するわけではなく、ドッキング小胞も非ドッキング小胞も、刺激後早期より、並行して膜融合できる。

 また、細胞膜直下の蛍光を特異的に観察できる全反射顕微鏡を用いた単一顆粒レベルでの開口放出の解析(図3)により、granuphilin欠損膵β細胞のみならず、正常膵β細胞でも、非ドッキング顆粒が刺激後早期に開口放出されることを証明しました(Traffic 2008)。すなわちドッキングしていない顆粒も開口放出するという、新しい知見を得ることができました。最近、私たちは、あらかじめドッキングした顆粒も効率は悪いが開口放出するという知見を見出しており、ドッキング顆粒と非ドッキング顆粒がともに刺激後早期から開口放出するモデル(parallel model)を提唱しています(Diabetes Obes. Metab. 2007; Front. Biosci. 2011; 図2)。この分泌小胞ドッキングの分子モデルや機能的意義に関する新知見は、刺激存在時にのみ開口放出反応を起こす調節性分泌経路が、構成性分泌経路からいかに進化したかという、その根幹的特性に関わっている可能性があります。

図3 全反射顕微鏡による、生きた細胞での分泌顆粒の開口放出の観察


全反射顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescence Microscopy; TIRFM)
細胞膜(カバーガラス面)から100-200 nmまでの範囲の蛍光を特異的に励起できる。
したがって、単一顆粒分泌レベルで、細胞膜へのドッキングや融合を観察できる。

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2)Rab27とそのエフェクターexophilinsの調節性分泌経路における役割

 多くのRab蛋白質は、細胞内の特定の小器官(オルガネラ)自身に局在しますが、私たちは、Granuphilinのパートナーである低分子量GTPase Rab27aが、分泌顆粒膜に局在していることを初めて見出しました(Mol. Cell. Biol. 2002a)。さらにRab27aのアイソフォームであるRab27bという分子が、膵β細胞以外の分泌細胞の分泌顆粒やリソソーム様オルガネラの細胞内輸送を制御していることを明らかにしました(Endocrinology 2002; Mol. Biol. Cell 2007b; 図4)。Rab27a遺伝子が自然変異しているashenマウスの膵β細胞は、単純脱分極刺激に対しては正常のインスリン分泌を示しますが、生理的刺激であるグルコース刺激に対してはインスリン分泌が減弱していました(J. Clin. Invest. 2005)。電子顕微鏡、全反射顕微鏡で解析すると、グルコース刺激依存性に顆粒が細胞深部より細胞膜近傍へリクルートされる過程が障害されていました。膵β細胞は、栄養素代謝により生じるシグナルを分泌反応に変換する点に特徴がありますが、本知見は、この過程にRab27aという開口放出分子が機能する可能性を見出した点で重要です。しかしRab27a変異細胞の表現型は、granuphilin欠損細胞では認められず、granuphilinが作用するドッキングより前の過程における他のエフェクター分子の作用障害を反映していると考えられます。

図4 Rab27bを発現する、種々の分泌細胞


 実際、私たちを含む複数のグループは、granuphilinのRab27結合領域やC2領域と類似したアミノ酸配列を有するエフェクター分子ファミリー(exophilins)を、ゲノム情報より同定しています(FEBS Lett. 2002; 図5)。最近、そのうちの1つexophilin8が、微小管+端近傍の細胞皮質部アクチン網にインスリン顆粒を一時的に捕捉して、これを分泌刺激中に細胞膜近傍へ供給して開口放出を促進することを見出しました(Mol. Biol. Cell 2011)。本知見は、これまで解明の進んでいない、分泌顆粒の細胞内深部動態と開口放出の関係を明らかにするものです。また私たちは、別のエフェクターexophilin7が、これまで全くわかっていない細胞膜にドッキングしていない顆粒からの開口放出に関わっていることを示しました(Mol. Biol. Cell 2013)。たとえば膵α細胞では、exophilin4がグルカゴン顆粒の細胞膜ドッキングや開口放出を制御しています(Mol. Biol. Cell 2007a)。現在、Rab27およびそのエフェクターに関する研究は盛んに行われていますが(Cell Struct. Funct. 2003; Endocr. J. 2007)、私たちはその端緒の1つを作ったと自負しています。

図5 多様なRab27エフェクター分子


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3)Akitaマウスの原因遺伝子発見と病態生理解明

 単一遺伝子優性変異により高血糖、インスリン分泌不全を示すAkitaマウスは、小泉昭夫博士(当時、秋田大学医学部教授、現、京都大学大学院医学研究科教授)が発見した糖尿病モデル・マウスです。私たちは、小泉博士らとの共同研究により、Akitaマウスの糖尿病が、インスリン分子中のシステイン残基がチロシン残基へ変異(C96Y)しているためであることを発見しました。その結果、A-B鎖間分子内ジスフィルド結合が形成されない変異プロインスリンは、小胞体品質管理機構により、小胞体からゴルジ装置へ輸送されず、細胞外に分泌されなくなります(J. Clin. Invest. 1999; 図6)。この仕事は、非肥満性II型糖尿病モデル動物の原因遺伝子を初めて同定したものです。

図6 高度の糖尿病を示すアキタマウスで認められた、インスリン分子内の変異


 小胞体内に蓄積したプロインスリン分子は、膵β細胞の強い機能障害を引き起こします(Diabetes 2003; 図7)。これらの仕事は、糖鎖を持たない可溶性分泌蛋白質の立体構造異常が細胞障害を引き起こすことを初めて示し、分泌細胞の病態における小胞体ストレスの重要性に関する研究の先鞭をつけました。さらに、Akitaマウスにおけるインスリン遺伝子変異の発見は、ヒト・インスリン異常症の病態生理に関するパラダイム・シフトを引き起こしました。すなわちそれまで知られていた変異インスリン症患者は、インスリン受容体との結合障害によるクリアランス低下のために、高(プロ)インスリン血症を示しましたが、Akitaマウスの成因発見後、インスリンのシステイン(やその周辺)残基の変異を原因とする、新生児期より低インスリン血症を示す糖尿病患者例が多数報告され、ヒト疾患の成因としても注目を浴びています。

図7 野生型(左)、アキタマウス(右)の膵β細胞アキタマウス(異常プロインスリン分子は、小胞体内に蓄積され、膵β細胞の機能障害や細胞死を引き起こす)


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4)多因子遺伝性肥満・糖尿病モデルTSODマウスの量的形質遺伝子座の同定と、脂質蓄積に関わる遺伝子の機能解析

 肥満、高血糖、高インスリン血症、高脂血症などを示すTSODマウスは、鈴木亘博士(ツムラ研究所)が、肥満と尿糖を指標として、兄妹交配により近交化した系統です。私たちは、本マウスの肥満・糖尿病症候が多因子遺伝性であることを示し、QTL (quantitative trait locus) マッピングという方法で、血糖値、インスリン値、体重など量的な形質に関わる遺伝子の染色体局在を決定しました(Diabetes 1999a; 図8)。この仕事は、我が国における最も初期の、多因子遺伝性疾患モデル動物の原因遺伝子座解析例の1つです。このうち体重を制御する遺伝子座Nidd5については、コンジェニック・マウスの作製・表現型解析より、原因遺伝子の性質やその染色体上の局在領域を限定することができました(Mamm. Genome 2006)。

図8 肥満・糖尿病マウスモデルの遺伝学的解析により見出された原因遺伝子


 その後、Nidd5の正体は、TGFβ変異体ファミリーの1つALK7という遺伝子の異常によることを発見し、その結果、体重や脂肪重量が減少することを見出しました(Diabetes 2013)。ALK7遺伝子が変異すると、脂肪細胞における脂肪分解が亢進し、肥満やそれに伴う耐糖能障害が軽減されることがわかりました(図9)。

図9 ALK7は、新たに見出された、脂肪蓄積分子である


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